感情をより原始的に捉えたい - ラッセルの感情円環図と構成主義的情動理論

2022/04/17
コミュニケーション

要約:感情表現は人によって定義が異なるので、言葉で理解する限り他人の感情は理解できないよ。

コーチングやメンタリングをする中で、話し手の感情に寄り添って共感しようとする場面が度々あります。 通話が主体の僕は相手から出来事や感情を言葉として聞き、感情表現にフォーカスするという手法を使っています。 ですが、これが不十分と感じることが多いです。[1]

例えば「楽しかった」という部分をフォーカスしてみたところで、「楽しい」って何?どういうことだ??? となってしまい、 共感するには感情表現を解釈するだけでは足りないなあと感じることが多くあります。

  • 本を読んで知識が増えて楽しかった
  • 友人と話が弾んで楽しかった

感情表現の曖昧さ

2つの楽しいはともに「楽しい」ではありますが、その僕はニュアンスは異なるように感じます。 「楽しい」という言葉自体が広範なポジティブ感情を表現する言葉なのかもしれませんが、これが「満足した」「充実を感じた」「知識欲が満たされた」など詳細な表現になったとしても、正確なニュアンスを把握することは難しそうです。 結局、個々に持っている感情表現の言葉の定義がそれまでの経験が違うから微妙に違うのだと思います。

自然言語は意味が一意に決定しないものですから、言葉よりもプリミティブな感情の評価尺度が必要になるんじゃないかなあと考えています。

ラッセルの感情円環図

僕程度の素人が考えつくようなことは、先人が既に考えついているものです。

ラッセルの感情円環図は横軸に快/不快、縦軸に覚醒/非覚醒をとった二軸の空間上に、感情が円環状にプロットされるというモデルです。 僕は円環状にプロットされるという点は疑問に思いますが、感情をモデル化しようとする試みは面白いですね。 それぞれの軸が適当かというとそれはよくわからないし、それぞれの軸の物理量が決まっているわけではありませんが、 量で感情を評価しているという点で、離散的で曖昧な自然言語よりも客観的に感情を表現できるのではないでしょうか。

感情のプロット

構成主義的情動理論

構成主義的情動理論は個人の経験によって感情表現は異なるよねっていうのをちゃんと煮詰めた理論だと理解しています。 感情を知覚するためには"情動概念"が必要で、"情動概念"はそれに近いシミュレーションの結果を経験として蓄積したもの...みたいな感じです。 詳しく内容を解説するのは色々と誤っているかもしれず僕の手に余るので、興味のある人は本を読んで欲しいです。

人類に共通する感情というものがあるのではなく、その場で感情が構築されるという考え方は、感情伝達の齟齬を理解するのに大いに役立ちますね。 特に機械学習分野でのニューラルネットワークモデルの学習過程と照らし合わせてみても、この理論は自然で納得できるものであると感じました。

構成主義的情動理論は生理的反応を情動の指標にできないという立場を取っているので、上記のラッセルの感情円環図のモデルとも異なるモデルです。異なる理論だけども、それぞれ感情の理解という点では役に立つ考え方だと思います。

コミュニケーションに活かせるか?

これらの指標や考え方が直接コミュニケーションに役立つかといえば疑問ですが、少なくとも自分の感情をメタ的に理解するための手がかりには なるでしょう。また、予めこういった考え方を頭に入れておくと、ディスコミュニケーションが発生したときに解消するための手がかりになるかもしれませんね。

ともかく、相手の感情と自分の感情の発達は異なるものですから、安易にこういうことだろうと決めつけることには注意を払いたいものです。 そもそも正確に理解する必要も無いですしね。

参考文献『情動はこうしてつくられる――脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』

リサ・フェルドマン・バレット. 情動はこうしてつくられる――脳の隠れた働きと構成主義的情動理論. 株式会社紀伊國屋書店. kindle版.

以下書評。

本書は"古典的情動理論"に対して"構成主義的情動理論"を提示する書籍です。 "古典的情動理論"は、人類には共通して普遍的な情動(="情動のイデア")がニューロンのセットとして備わっており、特定の刺激に対してニューロンが発火し、様々な身体的な反応を引き起こすという立場です。それに対して"構成主義的情動理論"は、いかなる情動も普遍的なものではなく、統計的学習によって獲得し発達していくものであるという立場をとります。

この理論は感情の理解に対して新しい視点を与えてくれますし、個人の感じ方の違いを肯定的に受け止められる優しい理論であると思います。また理論の内容は、機械学習の分野のニューラルネットワークモデルとの統合や、情動以外の心的な現象(例えば言語の発達など)への一般化に耐えうる理論であるように思えるため、今後の理論の発展にも期待できます。

また、第9章からの後半では、理論をいかに役立てられるかについて記述されていたり、前編にわたって豊富な例示がなされていたりと、科学者でない人が読んでも役に立つ内容になっていると思います。現に僕も科学者ではありませんし。

"古典的情動理論"へのカウンターとして書かれていると強く印象付けられました。様々な例示を用いて読者を説得するような本書の内容は、"古典的情動理論"が人口に膾炙するコミュニティにおいては革新的ともいえる"構成主義的情動理論"を説くことには相当の苦労があったことを窺わせます。僕は"古典的情動理論"の素地が無いし、"構成主義的情動理論"も無理のある理論には思えないため、説得的な本書の内容はいささか無駄が多く、理論の記述も断片的に配置されており要点を整理するのに苦労しました。

情動に関する様々な実験の内容と関連する文献も興味深いものでした。そして本書の内容が事実であるならば、かつての情動に関する実験設計のいい加減さにも驚かされ、よく知られている研究や実験であっても信用ならないということを改めて気づくことができ、様々な発見があったという点でも新鮮な視点を提供してくれる書籍でした。


  1. 実際には部分的理解を示したり、概ね理解した時点で理解するフリをしたりしますけどね。

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